兵庫・淡路の世界平和大観音像が、老朽化により取り壊されるのですね。

1982年に資産家によって創られ、所有者が亡くなった2006年以降はメンテナンスもされておらず、劣化が激しいとのこと。

こういうニュースを見ると、つい自分の歳と比べてしまいます。

建造物が十二分に劣化に至るような歳月を、私も生きてきたんだなぁとしみじみ。

何なら、この世に誕生して一瞬でここまできた感覚なのですが、思い返すと、幼少期はそれなりに昔だなと思います。

例えば汲み取り式トイレ。祖父母の家で、小学校中学年くらいまでは使っていました。

また湯沸かし器も追い炊きのみで、お風呂の自動お湯はりは当然できませんでした。

九州で過ごした高校時代の同級生から、「幼少期は五右衛門風呂だった」と聞いて、それはさすがに驚きましたが。

風邪を引いたときは、お酒で湿した脱脂綿にネギをくるんで、首に巻いてもらっていたっけ。

首が濡れて気持ち悪くて、逆に寝付けなかった記憶があります。

小学生時分は、電話搭載の車がステータスで、アンテナが立っている車を見ると、お金持ち!って思っていたなぁ。

クーラーは床に置くタイプで、壁かけタイプになったのは小学校のころでした。

 

こうして考えると、私の人生でもこんなに時を感じるのだから、例えばスーパーですれ違うおじいさんやおばあさんの人生なんて、大海原のように広くて深いんだろうなぁと思います。

一人ひとりにそんなバックグラウンドがあると思うと、ちょっと違った世界が見えてくる気がしました。


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